北側に密接してある台所では水瓶の水を更ふる音、茶碗、皿を洗ふ音漸く止んで、南側の垣外にある最合井の釣瓶の音まだ止まぬ。
垣の外に集まりし小供の鼠花火、音絶えて、南の家の小供は自分の家に帰つた。南東の藻洲氏の家では子供二人で唱歌を謳ふて居る。はては板の間で足拍子取ながら謳ふて居る。
南の家で赤子が泣く。
南へ一町ばかり隔てたる日本鉄道の汽車は衆声を圧して囂々と通り過ぎた。
上野の森に今迄鳴いて居た梟ははたと啼き絶えた。
最合井の辺に足音がとまつて女二人の話は始まつた。
一口二口で話が絶えると足音は南の家に這入つた。
例の唱歌は一旦絶えて又始まつたが今度は「支那のチヤン/\坊主は余ッ程弱いもの」といふ歌に変つた。しばらくして軽業の口上に変つた。同時に二三人が何やらしやべつて居る。終に総笑ひとなつた。
列車の少い汽車が通つた。
東隣の家へ、此お屋敷の門番の人が来て、庭へ立ちながら話してすぐ帰つた。
南の家で、窓から外へ痰を吐いた。
誰やら水汲みに来た。
南の家では、入口の前で、闇に行水する様子だ。
下り列車が通つた。
遠くに沢山の犬が吠える。
行水がすんで、団扇で尻か何か叩く音がする。
足音がした。南裏の木戸が明いた。
今年は阪本の町が広くなつて草市の店が賑かに出た。
汽車通る。やがて単行の汽鑵車が通る。
南の家で戸じまりの音がする。
南東の家で戸じまりの音がする。四隣漸く静まる。
次の間で麻木を折る音がする。
上野の十時の鐘が聞える。
下り列車通る。
単行の汽鑵車、笛を鳴らし/\、今度は下つて往た。間も無く上り列車が来た。
上野停車場の構内で、汽鑵車が湯を吐きながら進行を始める音が聞える。
蛙の声が次第に高くなる。
遠くに犬が頻りに吠える。
門前の犬吠え出す。
又水汲みに来た。
東隣では雨戸をしめる。
又星が見えると独りごち給ふ。
戸締りの音
午後十一時より十二時迄
枕もとの時計の音のみ聞えて天地は極めて静かな。
椽側に置いてある籠の鶉、物に驚いたやうにはねる音がする。
汽車が通つたさうな。
忽ち表の戸をはげしく敲く音に眼が覚めた。何事かと思へば新聞の配達人が人を起して新聞の不着の言訳をするのであつた。
十二時の鐘
鼠の音一度